2011年6月 5日 (日)

ヴィクトリノックス アーミーナイフ

Swiss_army

左がヴェンガーです。両者ともスイス軍の納入業者でしたがヴェンガーはすでにヴィクトリノックスに吸収されています。最初に手に入れたビクトリノックスは画像右側のアーミーでした。ナイフとしてはほとんど使いませんでしたがキャンプで氷を砕くピッカーとして重宝した記憶があります。両社は画像のアーミーの他にも似たような商品展開でしたがボクなどはどちらが上か気になる方でアングラーとフィッシャーマンを買って微細に比べっこしましたが軍配はビクトリノックスでした。メカニカルな部分ではヴェンガーも中々なものがあります。特にシザース(ハサミ)の仕組みはヴェンガーのフィッシャーマンの方がずっと上で耐久性も問題なくビクトリノックスのアングラーが頼りなく感じるほどです。実際の紙を切ってみると真っ直ぐに切れるのは頼りないヴィクトリノックスの方なのですが・・・

この前店頭で見たヴィクトリノックスにはUSBメモリーまで付いていました。日本人がよくやる多機能、CDラジオカセットやらラジオ付き懐中電灯のようなことをスイスもやるものかと笑ってしまいましたがそもそもスイスアーミーはそうしたものです。ボクの経験で言えば使えるのはナタのようなザックリした道具ですね。道具は単一機能に特化しているもので磨き上げたものが好みかな。

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2011年6月 1日 (水)

アクメ ホイッスル

Acme

山遊び用のディパックの中に放り込んであります。これを思い切り吹くと空気を切り裂くようなケタタマシイ音が出ます。誰しも異常事態発生かと戦慄する音色です。パックには熊鈴をぶら下げているので未だ眼前に熊が現れたことはありませんのでこれを鳴らしたら熊がビビるものか逆上するものかは見当もつきません。でも仲間に知らせるには威力がありそうです。ヒグマが泡を吹いて逃げ出すのはヘビなので臆病なボクはパックにゴムヘビも入れてあります。これがモロにリアリティがあって・・・一度クマを驚かせて泡を吹かせてみたいというアホな願望はあるのですが実際クマと対峙したらなんにも出来ないでしょうね。友人が山菜取りで異様なニオイに気づいて振り返ると7~8M先にクマがいて目が合ったらしいのですがとりあえず身構えたもののあまりの恐怖で髪の毛一本一本が逆立っていくのがわかったと話していました(猫か)。震える声で「帰れ、山に帰れ!」と言ったら笹薮に消えたそうです。クマにしてみると「ここは山だ、オマエこそ帰れ!」ですよね。

このホイッスルは市街地で吹いてはなりません。もし人通りの多い札幌駅の改札あたりで思い切り吹いたら一瞬で数百人の動きを止められそうです。

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2011年5月30日 (月)

ランプ

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ボクが小さい頃には台風の季節ともなると稀に停電という幸運に恵まれます。そうなるとランプの登場となります。昭和30年代にはどこの家庭にもあったのではないでしょうか。このランプの灯りというものがボクをなんともいえない高揚感とやがてシアワセな気分にさせてくれました。蛍光灯の明かりは部屋全体を隅々まで照らすというものですがランプの灯りは微妙な影(陰)をつくります。谷崎潤一郎の『陰影礼賛』(インエイライサン)の世界ですね。自分の背後の陰に座敷わらしが潜んでいるようなゾクゾク感があります。だから停電は大好きでした。今ではランプはすっかり姿を消しましたが山小屋の明かりとして生きながらえています。ハリケーンランタンに比べるとこちらの方が多いようです。

ランプは灯油(ケロシン)を燃料として使うのでかなりの油煙を出します。ホヤ(火屋)はすぐに黒くなりますが昔はホヤ掃除は手の小さい子供の仕事と決まっていました。芯は丸芯と平芯がありますが一般には平芯が多いようです。平芯には八分芯と五分芯がありますがボクのランプは五分芯です。芯が太いと灯りが大きくなりますが燃料も喰います。たまに火を灯して雰囲気を味わいますが今はパラフィン系の無煙燃料がありますのでホヤ掃除とは無縁です(シャレか)。

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2011年5月11日 (水)

キャンディボックス

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錆びついてボロボロのキャンディボックスです。実家のガレージの工具入れの引き出しの奥から出てきました。これはボクの子供の頃のタックルボックスでこれを握り締めて走り回っていました。中に入るものは主にビー玉、パッチ、釣りの仕掛けの三つです。密閉性が高くて湿気を呼ばないので中々に重宝したものです。思いがけず再会した時は少しジイ~ンとしたものです。

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2011年4月16日 (土)

ビー玉

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子供の頃は雪がある間はスキーや山スキーで満足していますが春になって雪解けが進んで土が顔を出し始めると即ビー玉遊びが始まります。ボク等のルールは2個もしくは3個の直径10センチメートルほどのホールを作って順序はかまいませんが全て入れてからでないと相手の玉にぶつけても獲れません。3ホール全て入れて免許皆伝です。巻き上げたビー玉は家の木のみかん箱に一杯ありました。男の子は穴めがけて玉を入れたりぶつけたりが本来好きなようで・・・。

その日の手持ちの玉が全てなくなると家に戻るのが面倒なので貸し借りが発生します。翌日清算しますが通常は負けた方の記憶が借りより少なくてモメゴトが発生します。負けた悔しさに勝者の罵しりが加わると殴り合いが始まります。当時の子供は荒っぽいですから100%血を見ます。オトナの社会となにも変わらないドロドロしたものがあるわけですが中々それなりに社会勉強をしていたわけです。ボクは上手かったので敗者に有無を言わせないように手形を切らせるわけです。手形といってもいつものゲームの場所の家の壁にチョークで借り分書かせるわけです。あの頃のハナタレ小僧が今はゴルフ場でニギリなどやっているのですね。良くありませんね。

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2011年4月 9日 (土)

富士通 ビブロ

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ウィンドウズ98のデビューと同時期に購入したパソコンです。その頃は一太郎&ロータス123ラインも頑張っていましたがMSのOfficeを選択しました。現在のPCと比べると動作がとにかく速かった記憶があります。これ以降12年間で記憶に残るだけで8台のPCを使いましたが年々PCは遅くなっていくようで歯がゆく感じています。初期のウィンドウズの頃は常駐ソフトの数も少なく動作は快適でしたがウィルスの登場にともなうウィルスソフトのインストールで動作の遅さは決定的になったようです。ウィルスソフトはHDに入れないでプロバイダーの監視システムを利用していますがボクのPCは今日も遅いです(笑)ファイルやレジストリークリーナーしようがデフラグしようがあざ笑うかのように。フルリカバリーにもついに嫌気がさして毎年新しいPCを購入するわけですがそれにも疲れました。ビスタに至っては難行苦行の連続でわずか数ヶ月で廃棄。

アップルに魅力を感じていますが購入の段になると結局ウィンドウズになるのは年齢のせいでしょうか。新しいことに挑戦する意欲が決定的に足らないようです。プリンターも(レーザーはブラザーで満足していますが)同じでヒューレットパッカードばかり7台使いましたがドンドン遅くなってきています。最新式の複合機などは立ち上がりの遅さには感心しますね。ジージーばかり音を立てて一向にプリントという仕事をしません。毎日悩ましいことですがどうにもなりません。エクセルをクリックすると瞬間で開く昔のパソコンが奇跡のように懐かしく思い出されます。

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2011年4月 5日 (火)

DLI HI-GAIN250

Higain250

USAダイヤモンドライトインダストリー社製のライトです。堅牢な作りで内部はラバーケースで覆われていて裏蓋との接点ではOリングの役割を果たすので防水性はバッチリです。ハンドルは360度回転するので好きな角度で置くこともぶら下げることも出来ます。ヘッドランプにはなりませんが緊急時は歯で噛んでくわえると役に立ちます。ポケット用のフックも付いていますが単三電池4本の重さが邪魔をして役にはたってくれそうもありません。バルブは見たこともない極小電球でこれが切れちゃうとスペアを手に入れる術を知りません。15年ほど前のものですが重宝しています。

Higain250_2

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2011年4月 1日 (金)

DENTS ペッカリーグローブ

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デンツは英国のグローブメーカーです。ボタンに刻印してある1777は創業の年です。デンツのグローブは永いことあこがれでした。毛穴が三つ並んだペッカリーの皮革は柔らかくしなやかで空気層が多く暖かです。偶蹄目ペッカリー科に属し、中央アメリカから南アメリカに生息する猪の仲間で『ワシントン条約』規制種で貴重品です。

このグローブを購入した時にバッグ卸屋の社長さんが曰くにはペッカリーは痒み解消のため身体を木に押し当ててゴシゴシ激しくやるようでその際かなりの擦り傷を残します。無傷の完璧なペッカリー皮革の入手は年々至難となっているようです。ボクのデンツはライニングなしで手に吸い付くような感触が味わえます。このイエロー(コーク)の色合いも素晴らしいと思います。その社長さん曰くペッカリーは洗濯可能で洗ってもカーフのようにバリバリにならず風合いを失わないとのことでした。

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2011年3月30日 (水)

TOYOTA コロナRT40

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昔のコロナです。このスラントノーズのコロナは東京オリンピック頃のデビューで昭和48年頃まで生産が続いたのではないでしょうか。トヨタらしいデザインで今でもセンチュリーに残像が色濃く残っています。ボクがはじめて警察にパクられた時に乗っていたのはこの車でした。

高校2年生頃に元町の近所にいた彼女が円山鳥居そばのマンションに引っ越したので親の留守を狙って遊びに出かけました。ゴージャスな料理でジンライムをずいぶんやりましたが夜も遅くなって急に忘れ物(何を忘れたかは忘れました)を思い出して彼女の母親のコロナで元町へ向かいました。北大南側の北8条通り、水木の蕎麦屋の手前あたりから渋滞で全く動きません。かなり向こうに警察官が何人かいて一斉検問をしています。これはマズイと思い逆方向へ車を切り返してモタモタやっていましたら警察官が笛を吹きながら飛んできました。

「免許証!」  「家に忘れました」

「車検証持って車から降りなさい」 「車検証も家に忘れました」(車検証ってなんだ?)

近くの交番に連行されて・・・あとは悲惨でした。未成年、無免許、酔っ払い・・・車泥棒呼ばわりまでされる始末。警察よりも彼女の母親の方がはるかに怖ろしく二人まとめて延々ドヤシまくられて・・・こんな強烈な女がいるものかと感心したのですが母親にはガキがどこでそんな運転覚えたもんかと感心されたものです。家裁送りでしたが学校に知れることにはなりませんでした。後で聞くと一斉検問の理由は北大近くの質屋で強盗事件があって犯人が逃走中だったとのこと。7~8年後には鬼母はボクにとっても母となりましたがすでに鬼籍に入っています。  

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2011年3月28日 (月)

ANGELUS トラベラークロック

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やわらかい上質のカーフ皮革のケースに収納されるトラベラークロックです。メーカーのアンジェラスはすでになくなりました。このクロックはボクが生まれた頃の製造だと思われます。乾燥した部屋に放置していたので皮革にひび割れが発生していますが精度の良さは特筆ものでネジを巻き上げる時の感触が国産のものとは違って官能的です。クロックの精度ではなく限りなくウォッチに近いつくりだと思いますね。以前に中をあけて覗いた時に感心した記憶があります。ただこの時計がいつからボクのもとにあるのか記憶がハッキリしません。生家にあったものではないと思います。二十歳前後にいずこかの古い時計屋さんに譲っていただいたものと思われます。目覚まし時刻設定のツマミが紛失しているのでラジオペンチで軸を回して合わせていました。いまでもネジを巻くと元気に時を刻み続けますよ。

A030

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2011年3月27日 (日)

ビクター SX3

Sx3

オーディオ購入を検討中の後輩に頼まれていっしょに出かけたのは札劇のあったスガイビル1Fの大きな電気店でした。コーヨー無線だったのかそうご電器だったのか記憶がハッキリしません。数えてみると37~8年も前のことです。ローンじゃなくて月賦の支払いを逆算すると奮発しても総額20万円弱の予算ということになり必然的にこのスピーカーになりました。一個3万円弱でしたがコストパフォーマンスに優れた斬新なデザインのスピーカーでした。サランネットなしの白木仕上げでドーム型ツィータとウーハーのメッシュカバーが妙に美しくてちょっと面白くありませんでした。音はヌケの良いクリアなサウンドで価格を遥かに超えるもので驚いた記憶があります。このスピーカーは札幌オリンピックの年頃にデビューしてSX3-Ⅱ、SX3-Ⅲへと進化していきますがデザインはツィータレベル調整のツマミが若干変更になった程度でベストセラーとなって名機として名を残します。

紅顔の美少年(後輩)はその後結婚して家を建てて齢も50才を遥かに超え頭髪ほぼ絶滅状態でしたが昨年暮れに癌で命を落としました。SX3は自宅でいまだ健在であったのでオーナーよりは遥かに命永らえることとなりました。未亡人が鳴らすかどうかは知りませんが・・・

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2011年3月26日 (土)

SUNTORY 角

Kaku

最初に飲んだウィスキーがサントリーの角でした。盗み酒でした。小学校一年生の頃にオヤジが設計した家が新築になりました。当時としてはモダンな家で台所はサンウェーブというメーカーのシステムキッチンでしたがそのキッチンの左端の扉の中になぜか角瓶が隠してありました。あれは母がボクを警戒したものなのか?オヤジはその翌年頃から晩酌の習慣が始まりましたが日本酒のみでウィスキーは来客用でした。最初はあの琥珀色に妙に心引かれて気になってしかたありません。家人の留守を見計らってキッチンの隅にしゃがみこんでボトルに手をかけます。キャップをあけて香りを嗅いだ瞬間にウットリしてしまいます。なんというカグワシサ!魔力でしょう。飲んでみたくなるのは必然です。キャップに半分注いでだれもいないか再度確認してイッキに飲みましたら喉に火がついて慌てましたが炎が食道から胃に落ちるまで耐えていましたがその後に口内から鼻腔になんとも言えない余韻が残りました。オトナというものはこのような辛いものを飲むものかと不思議でしたがあとの祭りでした。

翌日からボクの酒盗人が始まります。徐々に味を覚えますが自分との葛藤の連続でバレたらオヤジにボコボコにされるのは確実でキャップ一杯で止めとこう、いやもう一杯くらいなら分からないべの繰り返し・・・・ある時に激減しているボトルをまじまじと見て愕然とするのですがサル知恵といいますか水で文字通り水増しするわけです。盗み酒はウマイのです。生まれつき酒は強かったようで顔が赤くなったり気分がよくなったりはありませんでした。ただあの香りと刺激ですね。

あの時の角サン(北海道はカクサンです)のキャップの感触が今でも指に残っています(唇にも)。縁をていねいに巻いて指にやさしいつくりでした。あの頃の角サンは初代もしくは2代目いずれなものか。初代はもっといかり肩で角ばっていました。

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2011年3月21日 (月)

TEVA マッシュ

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十年以上も履いて履いて足指の分だけ凹んで型がついています。今までのビーチサンダルとは別格の履き心地と耐久性でした。このウレタンの硬さが絶妙のクッション性で疲れません。どこへでも履いていけるので重宝します。旅行にもシューケースに入れて必ずバッグの奥に入れて持ち歩いています。

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2011年3月20日 (日)

YAMAHA YS-870JT

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除雪機は以前にも書きましたが今回は続編YS870のニュータイプということで。年が明けてからのわが里の降雪たるや驚くべきものでついにジョンバ(雪かき)による人力作業を断念して機械化を決めました。ところが何処も在庫はとっくにありません。近所のホームセンターにブラリと入りましたらホンダ3台、ヤマハ3台が並んであります。売約済みもありましたがホンダには見向きもせずサービスカウンターへ飛んでヤマハの8馬力を確保しました。

翌日届けられて早速使用しましたが操作レバーが若干以前の870とは違いますが相変わらずよく飛びます。シューターの中に樹脂製のカバーが貼ってありますが滑りがよくてついに一度も詰まりませんでした。お店ではヤナセのスノースワロー(8-9G)の9馬力を使っていますが頻繁に詰まります。とにかく今シーズンは一日に2台の除雪機を駆使して嫌になるほど雪を飛ばしました。飛ばす場所もついにはアルプスのようになって・・・・。

870JTは総合的には◎です。シューターの回転も電動で速い。右ハンドルにターンボタンがあって親指ひとつでとにかくよく曲がります。マイナスポイントはゴムのキャタがもう少し前に伸びていてもいい(ノーズヘビーで柔雪で埋まります)。エンジン始動は自動チョークですが最悪です。いまどき信じられないことですが頑張ってセルを延々と回しているとかかります(昔の870はイッパツでしたが)。シャーピンの取付け場所は以前のタイプとは全く違いますが一度も飛びませんでした。音は静かでタフです。

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2011年3月17日 (木)

アングラーズハウス ウェーダー

Wader

これは3代目のウェーダーですがあまり使いませんでした。最初はオリーブ色で2代目はオリーブのネオプレーンでした。履きやすいのですがダブつくので深場で胸近くまで浸かると水圧でスクイーズをおこします。ネオプレーンは当りがソフトですが中々窮屈に感じます。ドライスーツをはじめて着用して潜った時もそうでしたが動きづらいものです。このウェーダーの後に鮎釣り用のウェーダーを使うようになりました。友人達にはオシャレじゃねーなあと不評でしたが本人には上々のフィット感でした。

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2011年3月16日 (水)

SANYO フレアヒーター〈OFH-Z8C〉

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モダンなデザインと先端技術が融合した美しいヒーターですがとても古いものです。平成の前ですから。確か88年製だと思います。その頃にこれだけの技術があったサンヨーさんに脱帽です。トップに操作スイッチを配したデザインは抜群の使いよさです。サンヨーさんはすでに暖房器具から撤退、ブランド自体もパナソニックになるようですし正直このヒーターが壊れるとショックですね。このヒーターの技術に惚れて部屋のメイン暖房もサンヨーのFFヒーターでした。微小燃焼に抜群に強くてやはり燃費もよくて大満足です。ボディの横に回転霧化式と書いてありますがロータリーガス化バーナーのことでしょうか。ガラス管の中の細い円筒をバーナーで暖めて輻射しますが燃費もよくて音は静かでとにかく美しい。部屋を暗くするとウットリするくらい美しいです。後生大切に使いたいものです。

30年以上前にGEのヒートロンというFFヒーターがありました。実は設計製造は日本電装で販売はトヨタ系ディーラーでした。これがさすが自動車メーカーの設計誤差で仕上げるので素晴らしい性能でしたがまもなく製造中止。あの時も残念でした。北海道人は意外や寒がりで暖房に特に思い入れがあるのです。

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2011年3月15日 (火)

HOPE カンジキ

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30年も前ですがまだ小さかった頃の秀岳荘へ行くと山用具がずらりとぶら下がっています。今の店のように洗練されていませんでしたが狭い店内は山屋の雰囲気がプンプンでした。特に冬山といえば竹のストックとアザラシのシールを貼ったオリジナルゾンメルスキー、狸の毛皮で出来た尻敷き、そしてカンジキでしょうか。時代が変わっても秀岳荘のゾンメルスキーは健在ですがカラーリングが大きく変わって狸の毛皮も異常繁殖の外来種アライグマに代わっています。あの太くて短い板を誰が買うのかと思うでしょうが雪山を散策するには中々良き道具です。高圧電力線の保守点検を担う北海道電力では大量に購入するという話を聞いたことがありますが今はどうでしょうか。スノーモービルがありますものね。

このカンジキはスパイク付きで斜面や硬雪でも威力を発揮します。数あるカンジキの中でも最高に美しい立山のスタイルだと思います。ホープブランドの焼印が入っていますが富山立山町の芦峅カンジキだと思います。しなやかで強靭なこの木は永らく謎でしたがマンサクのようです。ホープはアイゼンやピッケルを製造していましたが30年ほど前に姿を消しました。鍛冶屋で打ったアイゼンやピッケルは手作りの匂いがありました。ドイツのマーカーの輸入元でホープマーカーブランドでライセンス生産したものはボクも子供の頃は使いました。はじめて使ったステップイン金具もホープ製でした。今はスノーシュー全盛ですがこんなカンジキをはいて尻に毛皮をまいて阿仁マタギの気分で雪山に入るのもいいかもです。獣の足跡を追いかけるだけでもワクワクしますからね。

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2011年3月13日 (日)

電電公社 4号A電話機

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懐かしの電電公社4号A電話機です。成人すこし前頃だったと思うのですが電電公社のラインマンセンターで一度アルバイトをしたことがあります。当時は新型200Aがデビューしてすでに10年あまり経っていましたが電電公社の倉庫には旧在庫の新品4Aが6個入りダンボールで山ほどありました。ボクに下された命令のひとつは新品の4Aをいかにも使い古されたように偽装することでした。何をしたかは心が痛むのでここには書けませんが人のいい愉快な課長さんから★★★の評価をいただく程に狡猾に経年変化を演出しました。長年使って古くなった(ように見える)4Aは新しい200Aと交換されるわけですね。

この4Aですが重厚で中々のデザインです。昭和50年当時ですでにレトロ感が漂っていました。欲しくなって課長に2~3個もらっていい?と聞くといーよ、いーよの二つ返事でしたが面倒なので一梱包6個詰めダンボールごと車に積んで帰りました。後期型なので例の電電公社マークが付いていませんでしたがよくよく観察すると4Aはメーカーの刻印が指をかけるダイヤルと本体にありますが必ずしも一致しません。東芝、岩崎、日立、沖・・・まだあったと思いますがほとんどバラバラです。各メーカーからパーツでとっていずれかでノックダウンしたものでしょうか。ボクの持ち帰った6個はすべて同一メーカーに組みなおす念の入れようでした。友人たちが持ち帰ってボクの手元に残ったのは東芝製の一個だけ。ダイヤルのタッチがやさしく独特で戻りがマッタリしていて“アジ”のある電話機です。

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2011年3月11日 (金)

NIKKA 竹鶴21年

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これは美味いです。英国の「ウイスキーマガジン」の主催の「ワールド・ウイスキー・アワード」で2年連続世界最優秀賞はどうでもいいのですが、なんとも凄みを感じる芳醇さですね。こんなの毎日飲んでいたら人間おかしくなっちゃうなあなんて思いながら喉を流れ落ちる熱い余韻を味わいながらウットリするのですね。去年の晩秋に余市のニッカ工場に出かけましたがアソコはいつ行ってもいいですね。異空間というか竹鶴政孝が今もそこにリタといるような錯覚に囚われます。蒸留所の石炭の燃えるニオイ、工場の佇まい・・・ニッカ工場全体が政孝モニュメントで政孝ワールドです。

独特の風貌、ブレンダーの命たる立派な鼻を持った政孝はスコットランド留学から帰国後壽屋の山崎工場を立ち上げます。蒸留用のポットスティルは彼の設計により日本の職人が作ったものです。ウィスキー作りはハイランドという信念のもと工場候補地を江別と余市に絞るのですが余市に降り立って駅背後の丘陵をはるかに眺めて彼は留学の地、妻リタの故郷スコットランドを想いこの地に決意を固めます。まあこの辺は二十数年前に読んだ川又一英の「ヒゲのウィスキー誕生す」の受け売りですけどね。大日本果汁KK略してニッカとなるわけです。後にローランドの宮城峡を作ります。竹鶴21年はこのハイランドとローランドのピュアモルツ同士のブレンドです(スーパーニッカなどはグレンモルトとのブレンド、所謂ブレンデッドウィスキー)。ウィスキーは熟成が必要で膨大な時間がなくては樽(ゆりかご)の中に酒精が生まれません。気が遠くなるような時間のなかで政孝はもがきます。当初ジュースを売るのですが経営は火の車、苦闘の連続です・・・・・・長くなるので止めます。本をお読みください。

工場の一角にニッカ館とウィスキー館が隣り合わせでありますがウィスキー館の奥にバーと工場限定品の販売所があります。そこにはシングルカスクの25年があります。とても小さなショットでいただきましたが(900円だったかな)口の中に広がる芳醇さはなんとも・・・60度少しあるようですがマイルドです。是非一度お試しください。帰りにシングルカスク15年のシェリー樽仕込みを一本買って帰りました。ハーフボトルで(笑)
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2011年3月10日 (木)

ペリカン ペリカーノジュニア

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ペリカンの万年筆ですが買った後に子供向けの矯正用万年筆だと知りました。指が正しい位置に来るようにグリップがついています。文房具屋さんで手にしたときはけっこうな重量感で書き味には驚かされました。なにせ価格が価格ですから。カートリッジの色も多種用意されていたのでこれはマーカー用にも使えると思いとりあえず6本購入して父親にも友人にもプレゼントしました。ボディのカラーに合わせたカートリッジをそれぞれに入れてあります。元来ハイライター(マーカーペン)の異様な発色がどうにも好きになれなかったのでもってこいでした。特に赤は見積書の注釈や補足の書込みに最適です。くどくない透明感のあるカラーは発色がとても良くて品がよろしい。半年も使わない色もありますが感心するのは即書けるということです。乾きません。驚きでした。これが子供用ならドイツのガキンコはずいぶんに贅沢だなあと思いますがボクの場合はお子様用であろうが介護仕様であろうが気に入ったら関係ないのでこの万年筆は★★★です。可愛らしさの中に重厚感があるから不思議。やっぱりドイツ?

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